ムー大陸です
過去の名曲をチャートアクションから紐解いていこうという「名曲たちの成績表」のコーナーです。今回はJBの登場です、
「Papa's Gonna A Brown New Bag(パパのニューバッグ)」
を取り上げます。
ジェームス・ブラウンは誰もが知るゴッドファーザー・オブ・ソウル。2008年のローリングストーン誌が選ぶ偉大なシンガー第10位、2011年の同誌の偉大なアーティストでは第7位、つまり、世界屈指の、そして、史上有数のソウル、ファンクシンガーです。
その彼が初めて放った全米ビルボードチャートのTop10ヒットが今日のテーマ「Papa's Gonna A Brown New Bag」です。1965年同チャートにおいて最高位8位を記録しています。彼は生涯37曲のTop40ヒット、内7曲のTop10ヒットを持ちます。いや、Hot100でいうなら、もう100曲近いヒットを有しています。
彼は1960年からチャートインしますが、Top10ヒットは1965年から1968年に集中しています。映画「ロッキー4」の挿入歌「Living In America」が1986年にTop10入りしたのは一時的な復活と捉えれば、少なくともチャートアクション上では、彼の全盛期はその4年間と言えるでしょう。
「Living In America」 ジェームズ・ブラウン
また、Top40ヒットの場合、1974年の「Papa Don't Take No Mess (Part1)」が最後になりますから、1960年から1974年の15年間ヒットを出し続け、小ヒットまで含めれば、約100のシングルを発売しますから、長く捉えればそこが活発な活動期です。
にもかかわらず、彼にはNo.1ヒットがありません。もちろん、人気アーティストと言えど、No.1ヒットが無いケースが圧倒的多数です。ですが、ジェームズ・ブラウンはソウルの帝王、前出のローリングストーン誌の偉大なアーティストランキングでは、彼の上位の黒人はチャック・ベリー(5位)、ジミ・ヘンドリックス(6位)の2名だけ。彼らはロックの住人と考えれば、JBはブラックミュージックの最上位、アレサ・フランクリン(9位)、レイ・チャールズ(10位)を抑えており、正に帝王なのです。
そんなJBですから、1曲くらい1位があってもおかしくない。アレサも1曲、レイは3曲1位があります。同じくレジェンドで1位が無いのはボブ・ディランですが、彼の場合、他者のカバーが1位になっています。
彼が1位に届かなかった理由はいくつか考えられます。それを考察していきますが、JBの少し前から活躍し、1位を獲得したレイ・チャールズと比較しながら進めていくと分かりやすいので、ちょっとやってみます。
①独創的な音楽性
先ずはコレ。彼はファンクの創始者です。後のPファンク、スライ&ザ・ファミリーストーン、マイケル・ジャクソンに至るまで、みんなJBの子供です。彼の音楽はメロディよりもノリです。グルーヴと言ってもいい。
そして、同じ事を繰り返します。何しろそれに乗っかると気持ちいいですから。それがある意味彼の音楽の核になる部分です。
ただ、どうでしょうか?一般的なヒット曲のコンセプトからは大きく逸脱していませんか。美しいメロディはなく、盛り上がるサビもない。延々と同じフレーズを繰り返す。一部のディープなファンやマニアは熱狂しても、ライトな音楽ファンにはやや荷が重いでしょう。今日のテーマ「Papa's Gonna A Brand New Bag」はその中では比較的メロディの部分が明確かつキャッチーなので、Top 10ヒットに繋がったと思います。
レイ・チャールズは同じくソウルの革命児ではありますが、彼はむしろ、他の音楽、例えばゴスペルやカントリーといった音楽的保守層に好まれるジャンルとの融合を果たしたところに新しさがあったので、メロディアスかつキャッチーです。従ってヒットもし易かったでしょう。
②黒人だった
60年代は今よりも差別が激しい時代でした。基本、ナチュラルチャートは白人のためにあり、ブラックミュージックはR&Bチャートと区分けされていました。JBはそちらのチャートでは何度も1位を獲得しています。また、チャートアクションのバックボーンであるラジオ局も白人向けと黒人向けに分かれてしました。JBは前者でのプレイが少なく後者に偏っている為、R&Bチャートでは1位、ナショナルチャートでは小ヒットとなる事が多かったのです。
それはレイ・チャールズにも言える事ですが、彼は上述のように白人の音楽と融合を図り、白人向けにもエアプレイが出来る楽曲を用意しました。「I Can't Stop Loving You」は元々カントリーの名曲です。
「I Can't Stop Loving You」 レイ・チャールズ
また、JBとレイは同じ黒人でも少しイメージが異なると思います。レイが盲目の天才シンガーというハンデを負った部分があったのに対し、JBは強さが前面に出ています。極端な言い方をするとレイは白人に歩み寄り手を伸ばし、壁を越えようとしたのに対し、JBは白人に対し黒人の誇りを見せつけた、時には挑発と思えるほどに。ましてや、JBの全盛期1965年から1968年は公民権運動の高まりがありましたから、レイが活躍した60年頃とはちょっと様相が変わっており、JBが手放しで白人たちに受け入れられることは無かったと思われます。
③レコード会社の力
実務的にはこれが一番大きな理由です。
JBの所属したレコード会社はキングレコードです。これは独立系レーベルで、黒人マーケット中心にしか流通網を持ちませんでした。加えて、宣伝力も限界があります。これはナショナルチャートでは極めて不利です。これを考えると、逆にあれほどヒットを重ねたことの方が不思議なくらいで、やはりJBは充偉大だと感じます。
その上、彼は多作なのです。いや、多作過ぎます。年間10曲にも及ぶシングルを出すって普通じゃありません。毎月出す様な感じですから、プロモーションも追いつきません。実際、そうだったと思うのです。小ヒットが多いのはJBの創造力が凄まじく、吐き出す様に楽曲が生まれている事を意味していると思います。そのせいで充分に宣伝が出来なかったのです。
一方で、レイの当初のレコード会社はアトランティックでしたが、メジャー資本のABCに移籍しました。音楽性も融和的になり、移籍を機に全米規模のプロモーションも可能となりました。結果として移籍後はNo.1ヒットが生まれています。最初の1位は「Georgia On My Mind(我が心のジョージア」、受けそうですよね。
「Georgia On My Mind」 レイ・チャールズ
仮にJBが音楽性はそのままで、メジャー資本に移籍していたら、1位が取れたかと想像すると、1曲くらいは行けたかな。例えば、「I Got You ( I Feel Good )」あたりは1位もあり得たなんて思っています(実際は3位)。
「I Got You ( I Feel Good )」 ジェームズ・ブラウン
誤解を招くといけないので、明言しておきますが、私は決してレイ・チャールズをディスっているのではありません。彼の偉大さはJBとは異なるもので、よりポップな位置付けにあるというだけです。私個人的にはポップが好きなので、レイのやり方の方が親近感があります。
いかがでしょうか?JB。
つまり、彼が1位を取れなかった理由、それは彼が独創的で、創造力に溢れ多作で、黒人の誇りに満ちていたからと言っていいでしょう。チャートで1位を取っていないことでさえ彼が偉大な証拠なのです。
やはり、JBはソウルの帝王です。
それでは、また。
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