ムー大陸です
前回はミュンヘン・ディスコの話をしました。
70年代後半のディスコブームの際、英米の様なポップス先進国以外にもムーブメントは大きく広がり、ヨーロッパ各国でディスコミュージックが生まれたと言いました。その象徴的な存在がミュンヘン・ディスコでした。
今回はそのミュンヘン、つまりドイツ以外のユーロ・ディスコを紹介し、オススメしたいと思います。ただ、ミュンヘン・ディスコにはアメリカマーケットでNo.1になったアーティストもいましたが、他の国はそこまでの大ヒットはありません。しかし、それが無いが故に貴重、あらためて取り上げる意味もあると前向きに考えましょう。
さて、ドイツ以外で先ず話題にしたいのはイタリアです。80年代中盤に入ると、イタロ・ディスコなどと呼ばれ盛り上がります。マイケル・フォーチュナティもイタリアでしたね。そうした地盤は70年代後半から80年代初頭のディスコミュージックにあります。その中のオススメと言えば、
ラ・ビオンダです。
ここは兄弟の二人組です。70年代から80年代初頭のイタリア・ディスコの特徴の一つにスペース・ディスコ的サウンドです。つまり、チープなシンセを使って宇宙っぽいサウンドを作るのです。映画「スター・ウォーズ」に始まるSF映画人気の影響が多分にあります。彼らの「I Wanna Be Your Lover」にはそれがあります。実に素敵。
「I Wanna Be Your Lover」 ラ・ビオンダ
加えて、この兄弟は別名義のユニットでも活動しています。それが、
D.Dサウンドです。
何と言っても彼らには日本でも大人気だった
「1-2-3-4 Gimme Some More」というキラーチューンがあります。サウンド面ではやや薄いと感じますが、全ディスコミュージックの中でもキャッチーな名曲と思います。加えて、「Cafe」も押さえておきましょう。
「1-2-3-4 Gimme Some More」 D.Dサウンド
「Cafe」 D.Dサウンド
続いて、フランスのアーティストです。
先ずはアメリカで中ヒットまでこぎつけた二組、サンタ・エスメラルダとパトリック・ヘルナンデス。サンタ・エスメラルダの「Don't Let Me Be Misunderstood(悲しき願い)」は1978年米国ビルボードチャートで最高位15位と健闘。名曲のカバーですが、ニーナ・シモンの原曲も有名なアニマルズのカバーもやや泣き節が過ぎている気がします。そこをディスコサウンドで薄めていて素晴らしい出来です。「The House Of Rising Sun(朝日のあたる家)」もカバーしていますが、こちらは健闘しているものの、アニマルズには遠く及びませんでした。
「Don't Let Me Be Misunderstood」 サンタ・エスメラルダ
「The House Of Rising Sun」 サンタ・エスメラルダ
パトリック・ヘルナンデスの「Born To Be Alive」、こちらも1979年に同チャート最高位16位を記録。スピード感溢れるキャッチーな一曲です。ただ、ディスコ感は薄いかな。
「Born To Be Alive」 パトリック・ヘルナンデス
フランスからはもう一組、ベル・エポックという女性三人組です。ここはミュンヘン・ディスコの俗悪さ(褒めてます)に通ずるものがあります。「Black Is Black」のカバー、良いです。
「Black Is Black」 ベル・エポック
さて、ポップス先進国イギリスにも独自のディスコミュージックがあります。例えば、Dee D.ジャクソンです。一番有名な「Automatic Lover」のB級感も良いですが、「S.O.S」の安っぽさ(褒めてます)がオススメです。
「Automatic Lover」
「S.O.S」
もう一組イギリスからはエラプションです。ここはジャマイカ系イギリス人のグループと認識していますが、プロデュースはドイツ人、つまり、ミュンヘンの匂いが少しします。ニール・セダカの名曲のカバー「One Way Ticket(恋の片道切符)」は絶品です。オリジナルより好きかも知れません。
「One Way Ticket」 エラプション
イギリスにはノーランズもいました。姉妹の4人組(5人の時代もあり)で、80年代初頭には日本でアバに匹敵する程の大人気。ただ、ディスコというよりキャンディ・ポップの面が強かったでしょう。最もダンスな1曲なら、「I'm In The Mood For Dancing(ダンシング・シスター)」です。
「I'm In The Mood For Dancing」 ノーランズ
次は日本でも大人気だったニュートン・ファミリーです。こちらは東欧ハンガリーのグループです。日本で大人気だったのは上述のノーランズと同じ頃ですが、グループ自体は60年代後半から90年代まで続いているので、決して一時的にヒット狙いで作られたグループではありません。なので、元々ディスコオンリーではなく色んな楽曲があります。その中で、ディスコブームに寄せて来た楽曲なら「Santa Maria」「Don Quijote(ドン・キホーテ)」でしょう。ミュンヘン・ディスコの影響が見て取れて魅力的です。
「Santa Maria」 ニュートン・ファミリー
「Don Quijote」 ニュートン・ファミリー
ハンガリーのグループが日本にまで届いたのですから、ディスコブームは実に世界規模の大きなムーブメントでした。ポップミュージックの世界ではディスコブームを軽視する傾向が強いです。ブーム当時にもロック側からの反ディスコ運動がありました。今でもベスト・アーティストやベスト・アルバムというランキング企画でのビー・ジーズや「Saturday Night Fever」サントラ盤などの低評価にも如実に表れます。
前にも言いましたが、ディスコブームとは音楽に合わせて踊るという音楽の根源的な楽しさに結びついたムーブメントですから、大きく、粘り強く、そして、豊かです。例えば、私はパンク・ロック大好きだし、以前はバンドでそういう音楽をやってもいましたが、あれはロックのそのまた一部の好きな人周辺のムーブメントです。全く規模も意味合いも違うと感じます。ディスコブームは一般層も巻き込んだ、言うなれば、社会現象化した音楽ムーブメントです。とても重要であり、素晴らしいものと考えています。特にこのユーロ・ディスコはその裾野の広がりを最も感じられる部分です、大切にしたいです。
さて、最後にこのグループに触れましょう。
ユーロ・ディスコとして取り上げるのは心苦しいです、何しろ今なお世界中で人気のエヴァーグリーンの存在。
アバです。
彼らの名曲「Dancing Queen」がスウェーデンのグループとして初の全米No.1になったのは1977年4月の事。1974年から既に6曲のTOP40ヒットを出してましたし、それらは全くディスコミュージックではありません。「Dancing Queen」は彼ららしいディスコブーム便乗だったと思われます。そういう意味ではディスコブームがアバを後押ししたとも言えるでしょう。とは言え、彼らの曲はそれほどディスコミュージックを感じさせるものは多くありません。彼らの人気は彼らの爽やかなサウンドの力です。敢えて、ディスコの観点で、「Dancing Queen」の他に1曲選ぶなら、「Gimme! Gimme! Gimme!」でしょう。
「Dancing Queen」 アバ
「Gimme! Gimme! Gimme!」 アバ
今回、紹介したのはユーロ・ディスコのほんの一握りです。結構な有名どころだと思います。もしこれらを気に入ったのなら、更に掘ってみるのも面白いかも知れません。
それでは、また。
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「呪い歌」
「騒乱節」