ムー大陸です
今回は1960年代前半に流行ったツイストというダンスと楽曲についてです。
ツイストはその名の通り、腰や脚を捻る動きを特徴とするダンスです。このダンス自体は1960年以前より存在し、特に高いスキルを必要とするものではなく、一人でも踊れるためパートナーを必要としない手軽さもあったでしょう、普通に若者達は踊っていました。特にロックンロールとの相性は抜群で、ロックンロールの人気が高まるにつれて、ダンスホールなどでツイストの出番が増えていきました。
1959年そんな若者達の姿を見て一つの曲が出来ます。それが「The Twist」です。ハンク・バラード&ザ・ミッドナイターズがオリジナルです。
とは言え、当初はB面です、遠慮がちです。特にヒットを狙った訳ではありませんでした。その後更なるツイスト熱の高まりを感じ1960年にチャビー・チェッカーがそれをカバーします。
すると、これが全米1位の大ヒットとなります。ツイストブームに火が着き、やがて世界的な流行となります。
というのが流行までの経緯です。
上述のようにツイストはロックンロールと相性が良いので、わざわざ「ツイスト」と謳わなくても、当時流行っていたロックンロールはツイストで踊りやすい曲ばかりだったと思います。ツイスト用の曲と言っても音楽的には普通の8ビートの曲で、他のロックンロールと大差ありません。しかし、そこは商売です。「ツイスト」の冠が付いた方が売れるとなれば「ツイスト」を強調するのは当然のことです。1960年以降「⚫︎⚫︎Twst」やら「⚫︎⚫︎Twistin'」なる曲が大幅に増えます。今日ここで取り上げるのはその頃登場した「ツイスト」をタイトルに頂く曲です。決してダンスに最適とか、ツイストに合うロックンロールとかではありません。あくまで、ツイストブームを当て込んで作られた「ツイスト」ソングのみを取り上げ、その中から優れたものを独断と偏見で紹介するという企画です。
ただ、このブームを振返ってみると実に不思議なんです。上述のように1960年の「The Twist」のヒットがきっかけでブームとなるのですが、1960年にビルボードチャートのTOP40に入った「ツイスト」ソングは3曲だけ、チャビー・チェッカーの「The Twist」が1位、それを受けてハンク・バラード&ザ・ミッドナイターズのオリジナル再発売で28位、加えてダニー&ザ・ジュニアーズの「Twistin' U.S.A.」なる曲が27位にランクインしたのに留まります。
翌年1961年も再びチャビー・チェッカーが「Let's Twist Again」という曲を出します。
これが8位にランクイン。61年は実はTOP40ヒットはこの1曲だけ。あれ?ブーム終わりかけてない?と感じます。当時のアメリカの肌感覚とか全く分かりません。今チャート眺めてるだけだとブームを感じられません。ここが不思議なところです。
実は、「The Twist」のヒットに反応してツイストブームのきっかけを作ったのはパリの若者と言われています。そのニュースがアメリカの更なるツイストブームを呼び、世界中に広がったのです。そう考えると、上記のヒットチャートの微妙なズレやタイムラグも納得出来ます。いずれにせよ、今のようなネット社会じゃないですから、スピード感は現在とは異なるでしょう。
とは言え、この年エルヴィス・プレスリーが「Rock-A-Hula Baby」(Twist Special)
という曲で遂にツイストに手を出しました。
翌年になって23位にランクイン。映画「ブルー・ハワイ」で歌われたのは、チャートアクション以上に影響があったかも知れません。また、それも含め1961年に発売された曲が翌年にヒットしていますから、既に制作サイドはブーム便乗に動いていた時期と考えて良いでしょう。
ここまで草の根的に広がっていた若者のツイスト人気と商売根性が結びつくまであと僅かです。
そして、1962年、この年が世界的ブームの開始であり、恐らく終点でもあります。この62年だけで15曲もの「ツイスト」ソングがビルボードTOP40にランクインします。何と言っても大きいのがチャビー・チェッカーの「The Twist」が再びビルボードチャート1位に返り咲いたことです。前年発売のジョイ・ディー&ザ・スターライダーズの「Peppermint Twist」もこの年に1位に。
フランク・シナトラまで「Everbody's Twistin'」なんて歌を歌いました。
サム・クックも「Twinstin' The Night Away」をヒットさせました。
大物達も続々とブームに便乗です。それ以外だとチャビー・チェッカーの「Slow Twistin'」、ゲイリー U.S ボンズの「Dear Lady Twist」「Twist、Twist Senora」あたりがTOP10ヒット。
ブームはアメリカ国内に留まらず、世界へ。
イギリスでは名曲「Twist & Shout」が生まれました。オリジナルはトップ・ノーツというデュオです。これが1961年。
翌62年にはアメリカのアイズレー・ブラザーズがカバー、全米17位まで上がりました。
63年にはフランスでシルヴィ・バルタンがカバー、タイトルも「Twiste et chante」です。
そして、同年ビートルズもカバー、決定盤と言っていいでしょう。
その他、特にイタリアはツイスト熱が盛んです。62年から63年に、
ミーナの「Eclisse Twist(太陽はひとりぼっち)」
ジャンニ・モランディの「Go-Kart Twist(サンライト・ツイスト)」
ジミー・フォンタナの「Twist No.9(太陽の下の18才)」、モリコーネの作曲です。
リタ・パヴォーネの「Amore Twist(アモーレ・ツイスト)」
ロズィーの「Minuetto Twist(メヌエット・ツイスト)」
など有名無名問わず面白い作品が多いです。
さて、日本はと言いますと、洋楽カバー全盛の時代です。上述のヒット曲のカバーが主流です。「Peppermint Twist」や「Go-Kart Twist」などのカバーが競作になりました。中でも特筆すべきは、日本で初めてツイストソングを歌った「ツイスト男」、藤木孝氏です。彼の歌は中々面白くて好きです。
「ツイストNo.1」 藤木孝
日本オリジナルもたくさん出ました、「ひばりのツイスト」(美空ひばり)、「アキラでツイスト」(小林旭)など売れっ子もブームに便乗です。私のオススメはスリー・ファンキーズの「でさのよツイスト」です。「でさのよ」とは「⚫︎⚫︎でさ」とか「⚫︎⚫︎なのよ」というしゃべり言葉の語尾から取ったもの。そんなにヒットはしていませんが、なかなかの佳曲です。
明けて1963年の米国ビルボードTOP40には1曲しかツイストソングがチャートインしていません。それもチャビー・チェッカーの「Twist It Up」が25位に入っただけです。さすが火付け役、ツイストと心中です。日本を含め他の国々ではまだブームは続いていました。上述のようにビートルズの「Twist & Shout」は63年ですし。ただ、ビートルズはツイストブームを当て込んでカバーした訳ではないと思いますが。その「Twist & Shout」は64年に全米2位まで上がりました。しかし、それはもはやツイストブームによるものではありません。ビートルズ旋風が吹き荒れている事を意味します。つまり、63年以降ロックンロールの主流はツイストからヴェンチャーズ、ビーチ・ボーイズ、フォー・シーズンズのようなバンドサウンドに移りつつあり、ビートルズの世界制覇と共にツイストは完全に消えました。
振り返ってみると、ダンスとしてのブームは5年程度、その後も普通にダンスとしては残って、たまに小さなブームがあったりします。
ただ、音楽的なブームは1962年の1年間、世界に視野を広げても2年未満のものでした。
チャビー・チェッカーの「The Twist」に始まり、皮肉にもツイスト曲最高傑作とも言えるビートルズの「Twist & Shout」の登場で終わると考えると分かりやすいですね。
その後、今に至るまで60年以上、「ツイスト」の名を冠した曲は、本来の「捻る」という意味で使われた曲が2曲、カバー曲が1曲、合計3曲がチャートインしただけです。実に極端です。ツイストブームはうたかたの夢です。
それでは、また。
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