ムー大陸です
前回、ハーマンズ・ハーミッツについてお話をした時、後でブリティッシュ・インヴェイジョンについて書くつもりと言いました。
今回はそれ、
ブリティッシュ・インヴェイジョン
がテーマです。
1964年ビートルズのアメリカ上陸、その後イギリスのバンドが大挙してアメリカにやって来ました。新しいサウンドを提供し、音楽界を牽引、ヒットチャートを席巻しました。その状況をブリティッシュ・インヴェイジョン(イギリスの侵略)と名付けたのです。もちろん、バンド以外のデュオや女性シンガーなどまで含めてイギリスの侵略と捉えることもありますが、そこはバンドに絞りたいと思います。
また、1967年になると、リバプールからサンフランシスコへと言われ、音楽界の中心が大きく変わります。従って、ブリティッシュ・インヴェイジョンとは1964年から1966年までのムーブメントと考えます。
1980年代に同じくニュー・ウェイブ系のバンドの多くがアメリカで人気を博したことがあり、それを第二次ブリティッシュ・インヴェイジョンと呼ぶことから、60年代のそれを第一次ブリティッシュ・インヴェイジョンと区別して呼ぶことがあります。今回テーマにするのはその第一次の方です。
上記の説明で、新しいサウンド、音楽界を牽引、ヒットチャートを席巻と書きました。確かにビートルズは新しいサウンドを創造し、60年代の音楽シーンはビートルズを中心に回っていたでしょう。特にアメリカ上陸時のファンの熱狂ぶりは尋常ではありませんでした。もちろん、ヒットチャートにも影響し、その年ビートルズは6曲のNO.1ヒットを放ち、年間チャートの1位を獲得、圧倒的なアクションを見せました。
しかし、それはビートルズの話です。その後やって来たイギリスのバンドが皆それに準ずる活躍を見せたわけではありません。ビートルズに次ぐ活躍が出来たのはローリング・ストーンズくらいだったでしょう。他のバンドはまちまちで、極めて質の高い音楽を創り、ロック史に名を残すバンドがいくつもありました。フー、キンクス、ヤードバーズなど。彼らは今やレジェンド級ですが、60年代当時、継続的にヒットを出していた訳ではありません。一方で、ブリティッシュ・インヴェイジョンのバンドの中には、ヒット曲を連続して出したり、NO.1ヒットを出したりするものの、今となっては、その名をロック史の中で語られることがないバンドもいます。
つまり、ブリティッシュ・インヴェイジョンと一括りにしているものの、それは二重構造になっていて、質を担当するバンドと量を担当するバンドに色分け出来るように思えるのです。その上、質を担当するバンド、つまり伝説的なバンドはヒットが少なく、名を残せなかったバンドほどNO.1ヒットが飛び出るという不思議な構造になっているのです。仮にそういう量を担当するバンドだけであったら、ムーブメントは単なるバブル的な扱いに終わったことでしょうし、質担当のバンドのみなら、もっとアンダーグラウンドのように見られたことでしょう。両方をトップレベルで有していたビートルズの一面ずつを分割したような印象があります。
①質を担当していたバンド、
アニマルズ
ゼム
スペンサー・デイヴィス・グループ
フー
ムーディ・ブルース
など
②量を担当していたバンド
ウェイン・フォンタナ&ザ・マインドベンダーズ
サーチャーズ
ジェリー&ザ・ペースメイカーズ
デイヴ・クラーク・ファイブ
ハーマンズ・ハーミッツ
ハニカムズ
ビリー・J・クレーマー&ザ・ダコタス
フォーチュンズ
フレディ&ザ・ドリーマーズ
マンフレッド・マン
ゾンビーズ など
こちらの楽曲は次回紹介します。
と、まぁ、私の独断と偏見で二極化させました。
①は問題ないと思いますが、②に分類した中にも名バンドはいます。例えば、デイヴ・クラーク・ファイブやゾンビーズはロックの殿堂入りを果たしています。ただ、そうは言っても、レジェンド級とは言い難いと思われ、殿堂入りも功労賞的な意味合いと考えて②に配しました。もちろん、質が無いという意味ではありません。
1回目の今回は総論でした。
次回は具体的に①のバンド、②のバンドの活躍を個々に見ていきたいと思います。
それでは、また。
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「下剋上」
「春に死のう」